問題の本質は何か―解散・総選挙、補正予算、金融危機
米国発金融危機は指摘したとおり生半可な金融システム危機ではない。米下院がブッシュ政権の公的資金による危機回避策を否決したことで、世界の株価は大幅一段安を記録したが、60兆円以上の公的資金で不良債権を買い上げたとしても、それで米国のサブプライム問題に端を発した金融危機が解決し経済が安定化するわけではない。それは単に問題の先送りにしかならないのである。日本のバブル崩壊による不良債権問題とその後の公的資金導入と経済不振の長期化という教訓を見ずとも明らかなことである。
個人投資家には株式投資からの一時撤退をアドバイスしたところだが、それが不幸にも的中してしまった。金融危機は一時的に去っても世界景気は長期低迷期に突入したと認識したほうが無難である。1929年の「暗黒の木曜日」にニューヨーク株式市場は大暴落を演じたが、実はその翌日金曜日には株価は上昇してほぼ暴落前の水準を取り戻しているのである。このことはあまり知られていないが、真の破滅的暴落は週明け月曜日に襲ってくるのである。今回のニューヨーク株急落も翌日(9月30日)は急反発した。これが怖いのである。個人投資家はこれで大丈夫だろうと高をくくってしまうところだが、株式市場の動向は週末から来週明けのマーケットの空気を見てみないと予断できないと言っていいだろう。
国内政局もどうやらこの株急落で影響を受けたようだ。結論的に言えば、この株急落はなんら解散・総選挙を遅らせる理由には本質的にならない。無関係である。この経済危機に総選挙で政治空白を作るべきではないというのが麻生首相の大義名分だが、総選挙を遅らせたからといって米国の金融危機を乗り越えることができるわけでもない。要するに選挙をしたくない、できるだけ政権を長引かせ選挙に有利な状況を作りたいとする政権側の詭弁に過ぎない。補正予算を通したからといって問題が解決するわけではまったくないのである。事の本質はそういうことである。
しかし「この危機に政治空白を作り補正予算も通さないのか」という詭弁は表面的に耳にやさしく聞こえる。詭弁なのだが、もっともらしく聞こえるところが厄介といえば厄介である。国民にとっての最重要なことは、一刻も早く総選挙をしてしっかりと民意を受けた本格政権を作り、そのもとでがっちりとした経済政策を打ち出させることである。今回の株急落は日本にとって政府が何とかできる問題でもなく、政治的には何の意味もないのである。本質を見誤ってはならない。総選挙で自公連立政権が勝っても民主党主導の野党連合が勝っても、その結果で成立する政権こそが真に国民の選択による本格的な政権なのである。
(了)
個人投資家には株式投資からの一時撤退をアドバイスしたところだが、それが不幸にも的中してしまった。金融危機は一時的に去っても世界景気は長期低迷期に突入したと認識したほうが無難である。1929年の「暗黒の木曜日」にニューヨーク株式市場は大暴落を演じたが、実はその翌日金曜日には株価は上昇してほぼ暴落前の水準を取り戻しているのである。このことはあまり知られていないが、真の破滅的暴落は週明け月曜日に襲ってくるのである。今回のニューヨーク株急落も翌日(9月30日)は急反発した。これが怖いのである。個人投資家はこれで大丈夫だろうと高をくくってしまうところだが、株式市場の動向は週末から来週明けのマーケットの空気を見てみないと予断できないと言っていいだろう。
国内政局もどうやらこの株急落で影響を受けたようだ。結論的に言えば、この株急落はなんら解散・総選挙を遅らせる理由には本質的にならない。無関係である。この経済危機に総選挙で政治空白を作るべきではないというのが麻生首相の大義名分だが、総選挙を遅らせたからといって米国の金融危機を乗り越えることができるわけでもない。要するに選挙をしたくない、できるだけ政権を長引かせ選挙に有利な状況を作りたいとする政権側の詭弁に過ぎない。補正予算を通したからといって問題が解決するわけではまったくないのである。事の本質はそういうことである。
しかし「この危機に政治空白を作り補正予算も通さないのか」という詭弁は表面的に耳にやさしく聞こえる。詭弁なのだが、もっともらしく聞こえるところが厄介といえば厄介である。国民にとっての最重要なことは、一刻も早く総選挙をしてしっかりと民意を受けた本格政権を作り、そのもとでがっちりとした経済政策を打ち出させることである。今回の株急落は日本にとって政府が何とかできる問題でもなく、政治的には何の意味もないのである。本質を見誤ってはならない。総選挙で自公連立政権が勝っても民主党主導の野党連合が勝っても、その結果で成立する政権こそが真に国民の選択による本格的な政権なのである。
(了)



